殺戮にいたる病/我孫子武丸

読みました。現在、激しく落ち込んでいます。この作品を単なるサイコ・ホラーと思って読んでしまったことについて。もう結末を知らない状態では読み返せません。ああなんて勿体無いことを。

本作は「殺人犯」「我が子が殺人犯ではないかと疑う母親」「知り合いを殺され、その妹と一緒に犯人を探す元刑事」の三つの視点から交互に描かれます。
序盤からまず圧倒される、この「母親」のおぞましさ。我が子の部屋に入り、抽斗はおろかゴミ箱まで漁る母親。ホラーです。私は殺人犯当人よりよほど怖いと思った。無理。この人と一緒に暮らすのは無理。
しかしまあ、世の中で見かける育児論もなぜああ「性欲」に偏って過剰なのでしょうね。性欲って、特筆するほど大袈裟なもんじゃないと思うんですけど。

作中でゲインたん(私の好きな性的倒錯者の一人、墓を荒らして母に似た女性を探していた孤独な子)に触れられていたのでちょっとテンションが上りました。エド・ゲインとジェフリー・ダーマーは好きです。
たぶん作者も念頭に置いたと思うんですが、このエド・ゲインという人、毒母育ちなのですよね。性はいけないもの、女は汚らわしいもの、我が子に父の死を願わせ、子の交友関係を制限し、我が子を絶対的な支配のもとに置いた人。
作中で殺人犯が女性から切り取り持ち帰った膣でマスターベーションしているとき、私はこのエド・ゲインという人を思い出しました。彼の方はマスターベーションしていたかどうかまで書かれてませんけど、切り取った膣で自らの男性器を包み〜っていうのは似通った行動ですね。

元警察官の方については特筆すべきことがあまりない。ちょいちょい迂闊なだけの普通の人。
作中で一番好きだったのは竹田教授です。

以下、あまりにも悔しいのでせめて同人小説家として少しでもこの作品を吸収するために作品内に張り巡らされたミスリードを挙げます。
ばりばりのネタバレですので未読の方は読まないでください。オチを知ってから読むなんて最低なので、興味がおありならば是非、是非何も知らずこの本を読んでいただきたい。

さて、以下ネタバレ。

まず引っかかったのが、本文一行目。
「蒲生雅子が、自分の息子が犯罪者なのではないかと疑い始めたのは、春の声もまだ遠い二月初めのことだった」。
まずここで、プロローグに登場した殺人犯「蒲生稔」は「蒲生雅子の息子」なのだと認識しました。
冒頭の雅子さんのパートは見開き一ページにも満たない短さで、すぐに「蒲生稔」のパートに移ります。その冒頭は「蒲生稔が初めて人を殺したのは、雅子が不審を抱き始める三ヶ月も前、前年の十月だった」。

こんなん息子=稔と思って当然じゃろ……!!

雅子が不審を抱いた「自分の息子」が稔じゃないなんて誰が思うだろうか!(反語)
雅子さんパートの短さも、雅子さんパートと稔パートの冒頭の文章の類似も、このせいですよね。もう初っ端からミスリードぶちかまして来ましたね。類似だけど対比じゃなかった。びっくりするわこんなもん。

っていうか正直、四十過ぎた男がアイデンティティに関してここまでこじれてちゃだめでしょ実際……。
蒲生のアレはタナトス・コンプレックスじゃなくエディプス・コンプレックスでしょう。母親への性愛と父親のペニスに対するコンプレックスなんてさ、そんなもん六歳で通り過ぎとけよ。

それから、「彼がもともと両親と住んでいた一軒家も、義父が他界してからは夫の名義となっている」。
ここで私は「夫の両親は双方他界している」と認識しました。義母が先に身罷り、義父が亡くなってから家の名義が変わったのだと。これは私個人の思い込みかもしれないな……。でも作中に義母がほぼ出てこなかったのはやっぱりミスリードだったんじゃないか?

鏡に写った自分と「二人」でそこに垂れた精液を舐めとる場面、最高に気持ち悪くて最高でした。あれが四十男だと思うと倍率ドンで更に気持ち悪い。
乳房の脂については、別のカニバリズム作品でそれを食べるところを読んだばかりだったので、「食べないのかな」と思いながら見てました。現在、死体が食材にカテゴライズされています。

それと、ミスリードとして動いたのが「大学」。被害者のうちの「えりか」「マキ」が若かったことも含めて、「蒲生稔」が大学生であるという認識を補強した。
読み終わってこれを思い出しました。

というか、えりかの時点で蒲生は大学生だと思っていたので、「大学生にオジンとはずいぶんひどいことを」と思いながら読んでいた。でも昔の作品だし、そういうもんかなと納得してしまったのもある。八十年台〜九十年代ってかなり早熟だったイメージがあるのだけど、事実かは知らない。

あとこれは確実に作者の意図の外なんですけど、「携帯電話が存在しない」ということに思い当たるのに時間がかかりました。かおるさんが稔と相対してすぐトイレに行った時、ははあ、電話をかけるのだなと思ってしまった。
そもそもCDプレイヤーがどうこう8mmビデオがどうこうと言ってるのに、携帯電話とそれらの時系列が整理されていなかった……。奥付を見たら出版は一九九六年。南無三。

バスルームに……ルージュの伝言……。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です