あけましてよろしくお願いします2018

世知辛い。

世の中!世知辛い!!!

世知辛い〜〜〜〜〜〜〜〜のじゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(腕をわさわさ振りながら)(©バーチャルのじゃろり狐娘Youtuberおじさん)

ハマってます。伝染ってます。いいよねバーチャルのじゃろり狐娘Youtuberおじさん。可愛いし、声がいい。落ち着くボイス。何よりも「世知辛い」って言葉があの可愛いのじゃろり狐娘に紐付けられてちょっとほっこりしたワードになっているのが素晴らしい。「世知辛い」のあとに「のじゃ」って付けるだけでちょっと笑顔になれる。世知辛いのじゃ〜〜〜。

さて世知辛いの内実。愚痴。

デザイナーはデザインのことしか考えてなくてマーケッターさんはマーケティングのことしか考えてなくてまあそれは仕方ないというかむしろ割と正しいことだと思うんですけど誰もマネージメントをしないもんだから実際に手を動かすプログラマー(私)の方に全体調整とかスケジュールとかの責任が全部来る。設計にもお客様との会議にも参加していないのになんか全部来る。
デザイナーさんのデザインはDB構造とか一切考えててくれないしお客様とデザイナーさんが会議して機能とUI決めてきちゃうしそこに介入する権限など無くて詰む。詰む詰む。
もちろんUIは美しい。すばらしい。でもハードコードでしか解決できないみたいな。エンジニアをストレスで殺すおつもりでおられる?エンジニアはハムスターばりにストレスに弱い生き物なので簡単に死ぬぞ。コピー用紙とか食べ始めちゃうぞ。ISO27001に則ってシュレッダーに掛けられる運命の裏紙とかもりもり食べちゃうぞ。
今回は画像(デザイナーさんがIndesignで作ってくれたもの・お客様確認済み)をシステムにする仕事が全部来たのでそりゃ悲鳴あげたくもなるよう。バックエンドエンジニアはSassなんてよくわかってないよう。

まあね、わかってますよ。エンジニアが書くデザインだってそこそこ汚物なんです。平気で!importantとか使うしね。DOMにスタイル直書きしたりするしね。そういう柔軟性のないことはやっちゃダメです。なんでプログラムではハードコードを嫌うのにスタイルの話になると平気でそれをやっちゃうのかな。ともあれお互いがお互いを理解していないのはお互い様なんです(?)。わかってます。
デザイナーさんでもいるけどね! spanとかdivとかに直接スタイル当てちゃう人! reset.css以外でやっちゃダメでしょそれ?! ってなるよね〜〜〜。器用貧乏のなんちゃってフルスタックさんは色んな所で胃が痛いです。ああでもRoRとかはStringの上書きとかもできるんだっけ……? 一周回ってむしろモダンなのか? でも老害としてはあれはちょっと好きになれないというか、保守拡張向きじゃないように見えてしまう……。ちゃんと設計しない限りプロトタイプの上書きとかやっちゃダメだと思うんだけど……。ブツブツ
たぶん、なんちゃって程度のフルスタックだから応用が効いてないとか柔軟性がないとかそういうことなんだろうけど、専念できる環境なんて手に入ったことがないものなー。しゃーないなー。一人なら八十点程度の仕事ができるけど誰かと協力する能力が低すぎて組織の中にあっては六十点しか出せないみたいな。人のデザインを汲む能力がないのです僕はー。

っていうか今回のデザインだってエラー層とかエンプティ層とか全然作られてないしね……。正常ケースしか作られていないプログラム然り、正常ケースしか作られていないデザインも正直どうかとは思うわけで。綺麗で使いやすいけどこれはWebサイト向けのデザインであってCMS向けじゃないんだよな。コンテンツが増えることも想定されてないっぽいし。
別件でもあったけどさあ似たような話。Webで一括りにするからそういうデザインになるんです。毎回手動で更新するおつもりだろうか。
プログラマと営業の間にSEという職業があるように、プログラマとデザイナの間にも何かしらの役職が必要よね。正直なところ、ワイヤフレームをプログラマが作ってその上にデザイナーさんがデザインを作り込んだ方がいいのでは?と思うのだけど……トップスピードは落ちるよね。お客様とデザイナーだけでやり取りした方が早いんだ、もちろん。まあその早さのツケは後の工程に来るわけですけど。うんち!(せいかいのおと)

そして年末年始、実家に戻ったら親やら親戚から結婚せえいい人はおらんのかと激詰めに遭っており、世知辛いのじゃあ……。

子育ての不安とインターネットの話

数日前インターネットの海の中で、こんな話を見た。
「子供のイヤイヤ期に参っていたとき、保育士さんに『お子さんから信頼されてる証拠ですよ』と言ってもらってすごく救われた」

うん。いい話だ。いい話なんだけどインターネットに書いてはいけない。
なぜかっていうと、イヤイヤ期がまだ来ていない子の親やイヤイヤ期が無かった子の親を傷つけるから。
もちろん一対一で言うのはいい。素晴らしいことだ。平たく言えば、方便とはそういうものだ。

たとえば私はイヤイヤ期(第一次反抗期)が遅かった。四歳に近かったはずだ。その話を私が母から聞いたのは中学生になってからで、あんたは何もかも鈍くさくってねと母は笑っていた(今思うとひどい誹謗中傷だ)。けれど、反抗期が来る前にその記事を読んでいたらどうだろうか? 三歳にもなったのにまだ反抗期が来ない、私は我が子に信用されていない! と恐慌状態に陥っていたのではないか。
まあ、うちは親も私のことを言えないほど鈍くさい人なので、うちの親に限ってはそうならなかったかもしれないが、色んな情報が日々目の前を流れ去っていくこの時代のインターネットでそれは良くない。
特にこういう記事は「イヤイヤ期」で検索すると出てきやすい。イヤイヤ期が来なくて不安になってる母親がこんな記事を見てしまったら追い打ちになる。

インターネット上での知識の共有は素晴らしいものだ。だが、これは良くない。たかがパンピーの個人ブログなのでそこまで責任を持てとはもちろん言えないが、良くない。
たぶん自分と似たような状況で苦しんでいる人に「救われた言葉」をシェアしたかっただけなのだろうが……

子供の発育には違いがあります。体についてもそう、心についてもそう。歩き始めるのが遅い子も、イヤイヤ期が遅い子も、それはそういうもの。私はどっちも遅かったけど。
あんたは人より鈍くさいけど、ゆっくりでも成長はしてる。人より遅くなったっていつかできるようになる。うちの母はしょっちゅうそんな風に言いました。「できない」「できていない」と言われることはほとんどありませんでした。「今はまだできない」「ちょっとずつうまくなっている」という言い方をします。人よりも遅いけど、人よりもまだ下手だけど、それだけだから。
まあ度を超えてのんびり(極めて婉曲な表現)した人間に育ったことは確かですけど、「できない」と「まだできない」は明確に違うものです。

何の話だっけ。そう、インターネットも良し悪しだねって話です。
鵜呑みにしちゃだめですよ。発信の敷居が下がれば下がるほど、情報を受け取る側は気をつけないといけなくなります。うっかりしていると傷ついちゃう。
統計に意味が無いとは言わない、先人の知恵だってそれは尊いものですけど、眼の前にいる我が子は世界に一人だけの存在です。速度は人それぞれ。その時の水準で(私は先天性疾患を持っていたので周りと比べれば相対的にあんまり元気ではなかった)元気なら良し。優先すべきは目の前の子供であり、それを育てる親自身であり、平均値じゃありません。

あーあとついでにもう一個。知人が「私には親の適性が無いんじゃないか」みたいな悩み方をしていたので書く。そういう風に悩んでいる事自体が十分に親の適性だと思うよ、私は。
子供の性格が千差万別であるのと同じように、親の性格も千差万別だ。虐待しているわけでもないのに、それ以上「こうあるべき」なんてもんは存在しない。形はどうあれ、責任感こそが親の愛そのものだと思うわけだ、個人的には。それは真摯さでもいいし、悩むことでもいいし、とにかく稼ぐことでも、暗い顔をしないことでも、なんでもいい。親であろうとする限りあなたは親だよ。

って書くと、言葉というのは難しいもので、毒親持ちを傷つけそうだなとも思う。
ときどき、子供を所有物として扱う親がいる。そういうのもまあ「親面」の一種ではあるわけで……。それは越権だからね。
愛と札を貼られたものだって、受け取るかどうかは受け取る側の自由だ。暴力はもちろん受け取らなくていい。
受け取られなかった手紙が送り主のところに返るしかないように、怒りというのもまた受け取られなければ送り主のところに返るしかないのだ。

悪し様に言われがちな二分の一成人式も、感謝の手紙を読むとかそういうのを抜きにすればいいものだと思うんだよね。大人の半分の権利と責任を持っている、という自覚を促すためには。
選挙権や納税義務を教え始めるきっかけとしてもちょうどいいだろうし。

SAWⅣ〜ザ・ファイナルを見た

SAWⅣは以前途中まで見ていたので途中から。

まず第一の問題なんですけど、ストラムとホフマンの見分けがつきません。相貌失認とまでいかないんですけど人の顔を覚えるのが苦手すぎる……。その上時系列まで入れ替わるので大混乱です。ゲーム参加者はわりとわかるんですけど、スーツ男性二名を見分けろってなるとどうにも困る……。
あとマシューズ。よく生きてたね? Ⅲの回想時点で死んだと思っていたので驚きました。生きとったんかワレ。っていうかあなた一回ゲームに負けてるのに……。
マシューズの頭は砕け、アートが撃ち殺され、リッグもまあ順当に行けば死ぬんでしょう。あのまま。
ストラム生還についてはよくそんな正確に穴開けたなってのが真っ先に来る感想。

SAWⅤ。面白かったのにメインゲームの影が薄く感じられたのはストラムとホフマンがえらい出張ってたからですかね。っていうかメインゲームあんまり話に関係なかったのでは?
メインゲームの四つめを見ながら、いやあ半分も血を失ったら流石に死ぬよねと思いました。失血致死量じゃん。どっちかを犠牲にして進むしか無いのでは?と思ったんだけど、なんとかなりましたね。なんとかなったんでしょうか。知らんけど。

ストラムはホフマンを追い詰めたつもりで、結局圧死しました。どういう仕組み? とかつい考えますが無視します。いやホフマン自分それどうやってそこから出るん? とも思いましたけど、Ⅵの冒頭で普通に出てきましたね。内側からは簡単に開く仕掛けってどんなんだろう。扉を完全にはめ込んじゃって外からは掴めないとかそんなんだろうか(地味)

Ⅵのホフマンは良くなかったね。実に良くなかった。結局快楽殺人犯じゃん自分。なーんにも学んじゃいない。アマンダもそうだったけどさ。

アマンダといえば、ジルの件。アマンダがセシルを唆して強盗をやらせるのが割と本気でわからない。ヤク中から足を洗えていなくて薬を盗みに行ったのか? と思ったんですけど、今ggったら「ジルへの嫉妬では」って出てきてやっぱり首をひねっている。
でもなーSAW3のときのジョンへの態度を見るとなー。ジルを死なせるのが目的ならまだわかるんですよ。ただ盗むだけ。ジルを消そうとしないなら、目的はジョンではなくジルの方にあるはずなんですよね。何だろう。釈然としない。人の感情の機微は苦手です。

あとⅥからⅢへの、ジョン側の時系列がよくわかってないな。
ジル流産→ガン宣告→医療保険を断られる→ゲーム開始、ってのはわかりますけど、自殺未遂の位置がわからない。あとⅥで言ってた治療は結局どこでやったんだろう。あれがうまく行かなくて絶望して自殺未遂? ガン宣告→自殺未遂→治療法発見→保険屋?
お金はあるって言ってたから治療は受けたんじゃないかと思うのだけど、まあどちらにせよ天国から地獄ではあっただろうな。Ⅲ時点で致命的にはなっていたのだし。

Ⅵのメインゲームのラスト。あれが正直よくわからない。ゲームじゃないじゃん?
ジョンのゲームは「生きたければ代償を払え」に一貫していたのだけど、母子は死ぬわけじゃないし。DIEを選んだら全員死亡、ALIVEを選んだら全員生還。もしくは自分たちが死んでも相手を許せるか? っていう形式じゃないとどうもゲーム感がない。Ⅲの判事のゲームが似た感じではあったけど、あれも息子の思い出の品を燃やせっていう代償はあったしな。

ナイフの件。えっあれ毎回手作業だったの? ってのが個人の感想。焼きごて的なものでじゅっとやってるのかと思ってた。器用か。

で、さっきも言ったⅥのホフマン。あれは非常に良くない。あの男、復讐の件は取り敢えず置いとくとしても保身で殺人やっちゃだめでしょ。
まあもちろん既に余命宣告を受けていたジョンと同じことをやれっていうのは無理なんだけどさ。「どうせ死ぬ」っていうのは最強の武器だもの。死にたくないと思えばああいう行動は取れない。Ⅱとか。ジョンは結局諦念の上に立って他人を見下していたのだと思うわけです。俺は死ぬのにお前らは命を粗末にする、それが許せないっていう、あれ八つ当たりですよね? 死に瀕する自分だけが命の重みを知っているっていう種類の傲慢では?

閑話休題、ザ・ファイナル。なーんでそんなわざわざ虎の尾を踏む真似をしてみるのか。でも金を儲ける人っていうのはある程度の危険を犯すのだろうね。危険手当こそ最上の儲け話なのかも。最良かはともかく。

字幕で見ているわけですが、岐路って言葉に「クロスロード」が当てられているのね。もともとクロスのロードだからそれはそれで普通の言葉なんだけど、個人的にはクロスロード作戦を思い出すなあ。長門と酒匂が沈んだアレ。水爆実験。まあ別に関係ないのですけど。何の岐路だったんだろうあの作戦。

SAWザ・ファイナルのラスト、ファラリスの雄牛、あれもなあ……ジョンは基本ゲーム参加者以外は死なせてなかったんだけど。無印とか2のマシューズの息子とかさ。ゲームオーバーとは言ってもあんたゲームしてないじゃんよという不服。

ゴードン先生の出番短かったな……。これ冒頭で出さなくてよかったのでは……。

電話の話

電話が嫌いなので電話の悪口を書く。

まず手が塞がる。メモが取れない。撫で肩とは不便なもので、特に最近の小さい携帯電話は無理だ、片手を目一杯上げないと耳元に電話機を挟めない。手だけ空いたってそれでは意味がない。気絶した西川君のポーズになる。イヤホンマイクというものも存在はしているが、特に会社の電話においてそれは使えない。

次に、音が悪い。電話越しのガビガビした音声はほんとうに嫌なものだ。声も近すぎ、大きすぎる。これは私の能力あるいは特性上の問題かもしれないが、音声処理に普段の倍近くの負荷がかかる。口元も見えない。音の大きさに気を取られて処理が落ちる。ADD気味だって自覚はあるけど聴覚過敏なんだろうか?

顔が見えるからと言ってSkype通話がいいかと言えばそれも良くはない。画面共有はいいものだ。確実に同じものを見ながら会話ができる。でもお互いの顔を映したまま「資料を見てください」とかやる連中は頭に何が詰まってるんだと思う。海苔の佃煮とかさもなくば梅びしおでも詰まっているんだろうか。

あと機密性がない。口から音を垂れ流しにする。あれが本当に良くない。文章ならセキュアな場でのやりとりも可能なのに、なぜわざわざ機密を口頭で話さにゃならんのか。いやまあわかるよ、物証が残らないのはセキュアな気がするでしょうさ。でもさ。逆に言えばエビデンスが残らないってことでもあるからね。

そう、エビデンスが残らないのもよくない。お互いの言ったことが曖昧になる。上司に報告したことが真逆になって別の上司に伝えられていることがある。馬鹿なのか。でも録音していなかった私も馬鹿だ。

あとこれは会社の電話ピンポイントの話なんだけど、他人が耳と頬に付けたものを自分の顔面に付けるのが無理。順序が逆でも無理。

そもそも文章なら校閲もできるし、Slackとかなら後から書き換えもできる。誤字脱字の修正ができる。電話では同音異義語の区別がつかない。
まあこのあたり、変えると換えると代えると替えるの区別もつかないような人は掃いて捨てるほどいるので救いにはならない。てにをははおろか句読点すらまともに使えない社会人もやっぱり掃いて捨てるほどいるので嫌になる。

文章が下手な人ほど電話したがるのは、あれは「汲み取ってくれ」って種類の甘えでしょう。自分の時間は最小限に抑えるけど相手の時間は平気で取っていくっていう。その自覚がないのか。頭にマッシュポテトでも詰まってんのか。

日記 2017年10月1日

行ってきましたスピッツ30周年記念ツアー、最終日!
シャトルバスのチケットを取って友人と待ち合わせ、のつもりが、「着いたよー」と友人に連絡したら「もう乗ってる」との返答があり、割とバラバラに現地へ。

私「そういえば君はそういうやつだったよ」
友「忘れてたの?」
私「忘れてた……」

現地に着いたのがおよそ二時過ぎ。グッズ購入列が長くなかったのでサクッとTシャツとタオルを買い、トイレ待機列も長くなかったのでサクッと着替え。しばらく会場周辺を散歩して、五時半からライブ。
あと付箋も買っちゃったんですけど、もったいなくて使える気がしません。どうしよう。

さすがに三時間分のセットリストは覚えられなかったので割愛。「ちょっと前の曲」という前フリで夢追い虫だったのは笑ったwつぐみよりは前の曲かなーと思ってたけど2001年の曲ですよそれ……。
就活時代を支えられた曲だったので当時のトラウマが蘇りちょっと泣きそうになりました。当時はひたすら聞いてたなあ、あの曲。夢追い虫の「夢で見たあの場所に立つ日まで」と君は太陽の「理想の世界じゃないけど、大丈夫そうなんで」には何回となく支えられてきました。今も大好きです。

正夢が流れている時、ピンク(だと思うけど白かもしれない、ライトがピンクだったのでそう見えただけかも)の紙吹雪が舞ってきたのすてきだったー。
拾える位置にまでは飛んでこなかったので残念。

今日のステージは後ろにモニターがあって、演奏しているメンバーの姿が大写しで見えました。モニターは大きいのがひとつではなく小さいのが複数あって、カメラも動くのでいろんなところがばらばらに写ります。歌っているマサムネさんの喉仏が大写しになったときにはなんだか狼狽えてしまった。えっちだ。
あと三輪さんはあれです、サングラス部分がモニタの間で隠れちゃうと金髪美女に見えます(視力が足りていない)。ギターソロで手元が写ったの嬉しかったなー。
田村さんは動き回っているので撮るのが大変そうだなとか、撮ってるからちょっと動くの我慢してるのかなとかはらはら。ライブ中見失う確率が一番高いですリーダー。
それから崎山さん!自分が映る場所を一箇所だけ先に知ってるとのことで、MCでいじられてましたけど、その後!カメラ目線!笑顔!!今年一番きゅんと来てしまった。危うくガチ恋勢になるところだった。

今回のライブはソロが多かった!気がする!普段のライブでもあるけど。田村さんのベースソロかっこよかったなあ……

インディーズ時代の曲もやってくれました、353号線のうた。インディーズだと晴れの日はプカプカプーとか、なんなら惑星S・E・Xのテーマでもやってくれないかナーとちょっと期待してましたがwスピッツのライブには珍しい、観客参加型での演奏。楽しかった。ぱーぱーぱぱーぱぱーぱー。

ロビンソンの演奏の前、スピッツの最盛期の曲みたいな説明がありましたけど、そう思ってる人とライブに来てる人は層として重ならないんじゃないかな。いつだって今が最高です。っていうか何千回も言ってるけど50歳になってなお涙がキラリ☆の高音が出るマサムネさんはおかしい……。
「僕が天使だったなら」の歌詞の部分で「あなたが天使じゃないなら何なんだ?!」と毎回思います。天使です。後光が差しています(物理)。

あんまり関係ないのだけど、会場に段差?が無く、全席パイプ椅子で、後ろの席の人が身長低い人だったのでやたら気を使ってしまったw腕なんか振り上げたら見えないかなーとか。あの段差って大事なのね。

日記 2017年9月25日

買い物に出た。爪やすりを買ってこようとして、結局買い忘れた。ヴィセのコンシーラーと、アイシャドウを買った。それからナチュラル系の服を売っている服屋さんに出かけて、セット品を含めいくつかの衣服を買った。赤いセーターと、白いシャツと、ベージュのスカート。とても可愛い。今日はおやすみですかと訊かれて、厳密には私は求職中であるから「おやすみ」ではないのだけれど、はいと答える以外の選択肢を知らない。

好みの色のズボンが無かったのでユニクロに行こうと思ったらユニクロは新装開店準備中だった。仕方ないので同じビルに入っている丸善に行ったら、ビートたけしが書いたという恋愛小説が売られていたので、買った。普段は恋愛小説は読まない。テレビに出て、喋ったり笑ったりしているのを知っている人の書いた恋愛小説というのは、何だか少し後ろめたい感じがする。

丸善を出て道を歩いていたら「レモネードあります」の看板(と言って正しいのかわからない、布)が見えたのでふらっと入って値札を見たら五百円もしたので飲み物に五百円払うならと思って千二百円のカレーセットを食べた。マンゴーラッシーが飲みたい。

それからユニクロの系列の、もう少し若い層向けのお店に行った。最近はガウチョパンツというのが流行っていて、私はあれがどうもすきになれない。流行りに阿るのも癪なので、結局ズボンは買わなかった。代わりに可愛いネックレスとピアス。それぞれ五百円ちょっと。とても可愛い。

本当は靴も欲しかったけれど、二十五センチの靴も心もとないような私の大きな足に合う靴はそう滅多に見つかるものではない。

今週は久しぶりに美容院に行こうと思っている。生きていくというだけで、やることが多い。

“日記 2017年9月25日” の続きを読む

殺戮にいたる病/我孫子武丸

読みました。現在、激しく落ち込んでいます。この作品を単なるサイコ・ホラーと思って読んでしまったことについて。もう結末を知らない状態では読み返せません。ああなんて勿体無いことを。

本作は「殺人犯」「我が子が殺人犯ではないかと疑う母親」「知り合いを殺され、その妹と一緒に犯人を探す元刑事」の三つの視点から交互に描かれます。
序盤からまず圧倒される、この「母親」のおぞましさ。我が子の部屋に入り、抽斗はおろかゴミ箱まで漁る母親。ホラーです。私は殺人犯当人よりよほど怖いと思った。無理。この人と一緒に暮らすのは無理。
しかしまあ、世の中で見かける育児論もなぜああ「性欲」に偏って過剰なのでしょうね。性欲って、特筆するほど大袈裟なもんじゃないと思うんですけど。

作中でゲインたん(私の好きな性的倒錯者の一人、墓を荒らして母に似た女性を探していた孤独な子)に触れられていたのでちょっとテンションが上りました。エド・ゲインとジェフリー・ダーマーは好きです。
たぶん作者も念頭に置いたと思うんですが、このエド・ゲインという人、毒母育ちなのですよね。性はいけないもの、女は汚らわしいもの、我が子に父の死を願わせ、子の交友関係を制限し、我が子を絶対的な支配のもとに置いた人。
作中で殺人犯が女性から切り取り持ち帰った膣でマスターベーションしているとき、私はこのエド・ゲインという人を思い出しました。彼の方はマスターベーションしていたかどうかまで書かれてませんけど、切り取った膣で自らの男性器を包み〜っていうのは似通った行動ですね。

元警察官の方については特筆すべきことがあまりない。ちょいちょい迂闊なだけの普通の人。
作中で一番好きだったのは竹田教授です。

以下、あまりにも悔しいのでせめて同人小説家として少しでもこの作品を吸収するために作品内に張り巡らされたミスリードを挙げます。
ばりばりのネタバレですので未読の方は読まないでください。オチを知ってから読むなんて最低なので、興味がおありならば是非、是非何も知らずこの本を読んでいただきたい。

“殺戮にいたる病/我孫子武丸” の続きを読む

日記 2017年9月1日

職場の強すぎる冷房にこれでもかと自律神経をいてこまされているうちに夏が過ぎ、気がつけば空は一足先に秋の様相。何より一足先にかというと私の気持ちより一足先に。

今年は梅雨前線と秋雨前線がいっぺんに来たような雨ばかりの夏とも言えない夏で、まあコメ農家はさぞ困ったろうと思う。

社会というのは常に冷房か暖房かを焚いていなくては死んでしまう生き物なのか、冷夏だというのに職場の冷房はフル稼働で、冷房に一番近い席を賜ってしまったばっかりにニットベストとマフラーを装備してガタガタ震え温かいお茶を常に飲みながらお仕事した夏でした。

日記 2017年5月9日

見てと言われて窓に目を向けるとその向こうに母が倒れていた。母は飛び降りたのだ。私たちがそう仕向けたから。祖母と父は笑っていた。母の死体を見て、笑っていた。

部屋には私の知り合いが集まっていた。私はそれを殺す。片っ端から、全員、殺す。武器は覚えていない。銃の手応えもナイフの手応えも記憶にない。どうしたのかはわからない。でも全員殺した。

窓の桟に腰掛けてカーテンにくるまる。罪悪感と安堵と開放感が押し寄せてくる。

「私は悪いことをした」

私はつぶやく。

「でもあの人達だって私に悪いことをしていた」

カーテンに顔を押し付けて息をつき、部屋を出る。部屋の外には車が停まっている。私はその後部座席に乗り込む。

知らない男女がその後から乗ってくる。女性の方は後部座席より後ろのトランクに乗り込む(バンとかワゴンみたいにトランクの広い車だった)。男性は痩せぎすの、青白い、目の周りを不吉な色に染めた人で、私の隣りに座って古いiPhoneをいじる。

その男性と運転手がねえこれ壊れたんだけど、直る、とか、ルート取ってんの、とか話していると、更に別の人が車に乗り込もうとする。男性は私をちらりと見る。私は自分の隣を手のひらで叩いて示す。男性が私の方に詰めて座る。

手を差し出されたのでその手を握る。窓の外に私の名前の看板が見える。ああもう誰もあの名前を知っている人はいない、もう二度とあの名前を名乗らなくていいのだと思うと泣きそうなほど安心した。


というような夢を見て今朝は四時に目を覚ました。あまりにろくでもない朝だった。自殺する夢は何度か見たことがあるけど皆殺しは初めてだ。

日記 2017年4月24日

ストレスがたまっている。

仕事について、私はもともととやかく言う方ではない。とやかく思うことはたくさんあるけれど(不合理な設計とかスケジュールとか)、基本、言わない。
大抵の場合、私は楽しく仕事をしている。好きなことを仕事にしているからだ。極端な話、プログラムさえ書かせてもらえれば大概のことは無視できる。作業場所が1Kのアパートで、トイレがユニットバスでも。ナプキンを捨てるゴミ箱が無くていちいち持って帰るはめになっても。男性ばかりの業界にいるからか、こういうことはままある。

ただ、プログラムが書けないならば話は別だ。今行っている会社のパソコンは遅い。プログラムを十全に記述するためのスペックがない。IDEと仕様書とメーラーとチケット管理と動作確認を同時に行うことができない。それどころか、IDEしか立ち上げていなくてもIDE自身の便利機能の重さでフリーズする。
ソースの予測とかJavadocの表示とかしなくていいから動いてくれ、書かせてくれと何度も思う。書いたソースの動作確認をしたいのにデプロイに10分も20分もかかる。WBS上の予定時間は15分しか無いにも関わらずだ。

進捗が遅れていますけど、どうしますか、と私の直属が聞きに来る。どうもなにも、無理だ。動かないパソコンを前にどうも何もない。

プロジェクトのメンバーは20人を超える。その全員を集めて一時間も進捗会議をする。その進捗会議のために3人日を毎週捨てている。ばかなのかと思う。
WBSに対して進捗が遅れている対策として彼らは時間外業務や休日出勤を平然と上げる。それは対策ではないと私は思う。コスト意識というものがいっさい、無い。
作業員を仮に20人とする。彼らの基本給を時給換算で仮に1000円とする。この進捗会議だけで二万円が飛んでいる。私が入ってから三週間になる。六万円。もちろん時給換算1000円なんてばかなことはない。私の手元に入るのだってそれくらいなのだから、偉い人はもっともらっているのだし、そもそも外注しているのだからもっともっとかかっている。ほぼ末端の私にだって倍以上はかかっているはずだ。どう考えても、マシなパソコンを買って残業を減らしていく方がいい。
尤も、一会社員にそのコストを鑑みる義務や責任はない。

派遣先を擁護するつもりはないが、これは貧困のひとつのモデルだ。
パソコンを買うには金がいる。だがその金は仕事をしないと手に入らない。だから古いパソコンでひたすら時間をかけて仕事をする。先行投資というものをする余力がないんだろう。

誰も悪くないのだと思う。あるいはそう思いたいだけかもしれない。