電話の話

電話が嫌いなので電話の悪口を書く。

まず手が塞がる。メモが取れない。撫で肩とは不便なもので、特に最近の小さい携帯電話は無理だ、片手を目一杯上げないと耳元に電話機を挟めない。手だけ空いたってそれでは意味がない。気絶した西川君のポーズになる。イヤホンマイクというものも存在はしているが、特に会社の電話においてそれは使えない。

次に、音が悪い。電話越しのガビガビした音声はほんとうに嫌なものだ。声も近すぎ、大きすぎる。これは私の能力あるいは特性上の問題かもしれないが、音声処理に普段の倍近くの負荷がかかる。口元も見えない。音の大きさに気を取られて処理が落ちる。ADD気味だって自覚はあるけど聴覚過敏なんだろうか?

顔が見えるからと言ってSkype通話がいいかと言えばそれも良くはない。画面共有はいいものだ。確実に同じものを見ながら会話ができる。でもお互いの顔を映したまま「資料を見てください」とかやる連中は頭に何が詰まってるんだと思う。海苔の佃煮とかさもなくば梅びしおでも詰まっているんだろうか。

あと機密性がない。口から音を垂れ流しにする。あれが本当に良くない。文章ならセキュアな場でのやりとりも可能なのに、なぜわざわざ機密を口頭で話さにゃならんのか。いやまあわかるよ、物証が残らないのはセキュアな気がするでしょうさ。でもさ。逆に言えばエビデンスが残らないってことでもあるからね。

そう、エビデンスが残らないのもよくない。お互いの言ったことが曖昧になる。上司に報告したことが真逆になって別の上司に伝えられていることがある。馬鹿なのか。でも録音していなかった私も馬鹿だ。

あとこれは会社の電話ピンポイントの話なんだけど、他人が耳と頬に付けたものを自分の顔面に付けるのが無理。順序が逆でも無理。

そもそも文章なら校閲もできるし、Slackとかなら後から書き換えもできる。誤字脱字の修正ができる。電話では同音異義語の区別がつかない。
まあこのあたり、変えると換えると代えると替えるの区別もつかないような人は掃いて捨てるほどいるので救いにはならない。てにをははおろか句読点すらまともに使えない社会人もやっぱり掃いて捨てるほどいるので嫌になる。

文章が下手な人ほど電話したがるのは、あれは「汲み取ってくれ」って種類の甘えでしょう。自分の時間は最小限に抑えるけど相手の時間は平気で取っていくっていう。その自覚がないのか。頭にマッシュポテトでも詰まってんのか。

日記 2017年9月1日

職場の強すぎる冷房にこれでもかと自律神経をいてこまされているうちに夏が過ぎ、気がつけば空は一足先に秋の様相。何より一足先にかというと私の気持ちより一足先に。

今年は梅雨前線と秋雨前線がいっぺんに来たような雨ばかりの夏とも言えない夏で、まあコメ農家はさぞ困ったろうと思う。

社会というのは常に冷房か暖房かを焚いていなくては死んでしまう生き物なのか、冷夏だというのに職場の冷房はフル稼働で、冷房に一番近い席を賜ってしまったばっかりにニットベストとマフラーを装備してガタガタ震え温かいお茶を常に飲みながらお仕事した夏でした。

日記 2017年5月9日

見てと言われて窓に目を向けるとその向こうに母が倒れていた。母は飛び降りたのだ。私たちがそう仕向けたから。祖母と父は笑っていた。母の死体を見て、笑っていた。

部屋には私の知り合いが集まっていた。私はそれを殺す。片っ端から、全員、殺す。武器は覚えていない。銃の手応えもナイフの手応えも記憶にない。どうしたのかはわからない。でも全員殺した。

窓の桟に腰掛けてカーテンにくるまる。罪悪感と安堵と開放感が押し寄せてくる。

「私は悪いことをした」

私はつぶやく。

「でもあの人達だって私に悪いことをしていた」

カーテンに顔を押し付けて息をつき、部屋を出る。部屋の外には車が停まっている。私はその後部座席に乗り込む。

知らない男女がその後から乗ってくる。女性の方は後部座席より後ろのトランクに乗り込む(バンとかワゴンみたいにトランクの広い車だった)。男性は痩せぎすの、青白い、目の周りを不吉な色に染めた人で、私の隣りに座って古いiPhoneをいじる。

その男性と運転手がねえこれ壊れたんだけど、直る、とか、ルート取ってんの、とか話していると、更に別の人が車に乗り込もうとする。男性は私をちらりと見る。私は自分の隣を手のひらで叩いて示す。男性が私の方に詰めて座る。

手を差し出されたのでその手を握る。窓の外に私の名前の看板が見える。ああもう誰もあの名前を知っている人はいない、もう二度とあの名前を名乗らなくていいのだと思うと泣きそうなほど安心した。


というような夢を見て今朝は四時に目を覚ました。あまりにろくでもない朝だった。自殺する夢は何度か見たことがあるけど皆殺しは初めてだ。